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植物とエロティシズム〜木谷美咲さんの『官能植物』

木谷美咲さんの『官能植物』。

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植物とエロティシズム。

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食や花のエロティシズムについての写真はみたことがありましたが、ここまで追求している本は珍しいです。

視覚や匂いでだましだまされる。
生きぬくための誘惑という戦略と官能的なものへの結びつきは、自然界に共通するものなのか、はたまた人間の想像力のなせる技なのか、考えてしまいます。

エロティシズムに関する本は、二階堂奥歯さんの本を読んでからさらに興味をいだくようになり、日記にもあげるようになりましまが、そのうち穏やかなものばかり日記にあげています。


『エロトス』〜荒木経惟さんのエロティシズム
2018年3月5日の日記

食とエロティシズム〜赤坂憲雄さんの『性食考』
2017年11月18日の日記


2016年2月17日
坂本龍一さん編集長の『エロコト』。文化、芸術の域を感じます。エロに翻弄されている私にはすごい雑誌に見えます。神戸元町の1003さんで見つけた1冊です。
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『食事』〜荒木経惟さんの写真集
2015年6月4日の日記


by momokororos | 2018-08-10 22:20 | | Trackback | Comments(0)

『エロトス』〜荒木経惟さんのエロティシズム

鎌倉を訪れていた昨日、葉っぱ小屋さんに閉店過ぎまでいたあとに、湘南新宿ラインに乗って都内へ。高円寺に行こうかなと思っていましたが、高円寺にあるお店の閉店まぎわに着く感じでゆっくりできないと思い、途中の渋谷で降りました。

湘南新宿ラインの渋谷駅の新南口から降りると、青山側には出口があるのですが、山手線の線路の向こう側の桜丘町や鶯谷町の方には出口がなく、山手線の渋谷駅まで歩いてモアイ像のバスターミナル側に降りるか、代官山方面にいく並木橋まで歩くしかなくて、とっても不便です。

昨晩は、結局並木橋まで歩き、雑貨のAquviiさんを少しみてから、鶯谷町のtotodoさんへ。

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お花の写真集を、店長さんからいくつか見せてもらったもののココロに響くものはなかったのですが、荒木経惟さんの写真集をみせてもらいました。
前に手にいれた、荒木経惟さんの写真集『食事』のエロティシズムにつうじるものがあります。

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見る人の想像力によるところがありますが、かなりエロティクです。写真によってはどうだろうと思う写真もあるのて、自分の品位が社会的にも大丈夫かなと思える写真を載せます。


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帰りは渋谷の繁華街を歩いて帰りました。久しぶりに土曜の夜の喧騒を包まれてよかったです。


『食事』〜荒木経惟さんの写真集
2015年6月4日の日記


by momokororos | 2018-03-25 22:35 | 写真 | Trackback | Comments(0)

食とエロティシズム〜赤坂憲雄さんの『性食考』

神戸の1003さんで手にいれた、赤坂憲雄さんの『 性食考』。


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行ったりきたり〜姫路から神戸京都、そして姫路
2013年12月19日の日記

お店に入ったときから目についていたのですが、やっぱり手にいれました。
店長さんも読みたいと思ってお店にいれたとのことでした。

宮沢賢治の物語を引用しながら、食う食われるの人間と野生動物の生態系の話しから始まり、子どもの動物のぬいぐるみの話しから人間と動物の連続性や一体感の話しに続きます。

昔話に児童書や西欧の物語に触れながら、日本と西欧の自然や動物に対する考え方や文化の違いに話しを展開させています。

金子みすずさんの詩の「大漁」が引用されています。

朝焼小焼だ
大漁だ
大羽鰮の
大漁だ。

ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。
[金子みすず、「大漁」]

金子みすずさんは好きな詩人ですが、この詩はよくとりあげられているにもかかわらず、自分としてはピンときていませんでした。
さらに、著者の赤坂さんは、金子みすずさんの「鯨法会」という童謡と、それに対する中村生雄さんの見解をこう述べてます。

狩猟はたんに生業や技術の問題としてだけではなく、世界観・生命観の問題として再考されねばならない。また、人と野生の生きものとはどのような間柄で存在しているのか、さらには、自然と人間とはどういうふうに繋がり、向かい合うべきか。そうした問いを前にして、狩猟という経験と知恵には学ぶべきことが少なからずある、という。
[赤坂憲雄、『性食考』より]

思いつきで、手近にあった絵本を並べてみただけだ。児童向けの作品はたしかに、さまざまな食べる場面が見いだされる。しかも、その食べる場面は当然とはいえ、食べることの裏側に貼り付いた殺すこと、つまり殺害の暴力をむきだしに描くことはない。そして、食べる場面が過剰に描かれているのは、交わること、つまり性のテーマを回避し、ときには隠蔽するものであることが指摘されている。その当否は措くとしても、たしかに子どもの前では、食べること/交わること/殺すことが、固有の物語の文法によっても微妙な変容を強いられているのである。「おれたちは たべちゃいたいほど おまえが すきなんだ」という、怪獣たちの身悶えしながらの愛の咆哮は、いったいなにを物語っていたのか。
いや、例外ともいうべき絵本はあったか。たとえば、『ゼラルダと人喰い鬼』(トミー・ウンゲラー作)などには、食べること/交わること/殺すことをめぐって紡がれる、いくらかの異相の物語が、思いがけず真っすぐに提示されている。
[赤坂憲雄、『性食考』より]

「おれたちは たべちゃいたいほど おまえが すきなんだ」が載っているのは、モーリス・センダックさんの絵本の『かいじゅうたちのいるところ』です。
この他にも、『ちびくろさんぼ』や『ぐりとぐら』、『あんぱんまん』、『おなかのすくさんぽ』なども引用されています。

さらに著者は、「食と性とが言語とが言語や儀礼において同一視される事例」をあげて、民族によらず普遍的なものであり、タブーでも性的可触性と可食性は共通であると言っています。つまり手を出していけないことと食べてはいけないものは似ているということを言っています。

食欲中枢と性欲中枢は隣接していることにも言及されていて、現象的ではなくカラダ的にも共通した刺激としてあるのかもしれません。

ここまでちょうど半分読みました。
このあとどんな話しが展開するのか楽しみです>

この本を買うときに、神戸の1003さんの店長さんと、荒木経惟さんの写真集の『食事』、伊丹十三監督の映画の『たんぽぽ』の話しをしていました。

『食事』は、食べものの写真がエロチックとも思えます、この写真は、荒木さんの妻がなくなるまでの手作りの料理の写真です。

<『たんぽぽ』は、ホテルのルームサービスで頼んだ料理をカップルがエロチックに食べる(食べるのを通じて男と女が戯れる?)シーンがでてきます。

食べることとエロティシズムはまさに共通のものかと思っていましたが、赤坂さんの『性食考』を読んで、ますますその感を否めません。


みすゞ記念館を訪れたときに書いた 文章と、センダックさんの『かいじゅうたちのいるところ』の日記です。

2013年7月13日
山口仙崎。5年くらい前から行きたかった「金子みすゞ記念館」へ。10年以上前に東北での展示会を見かけてから、初めて展示をみます。仙崎へは香月康男記念館で直接行けるバスを教えてもらえました。記念館へは金子文英堂さんから入ります。

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『いるいるおばけがすんでいる』〜モーリス・センダックさんの翻訳絵本
2016年8月6日の日記

いるいるおばけがすんでいる、そして、かいじゅうたちのいるところ〜モーリス・センダックさんの絵本
2013年12月19日の日記

『食事』〜荒木経惟さんの写真集
2015年6月4日の日記



by momokororos | 2017-11-18 22:54 | | Trackback | Comments(0)