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カテゴリ:本( 339 )

こぢんまりした図書室、それでもすごい〜東京田町の女性就労支援センター

この前、姫路を訪れたときに、姫路のイーグレ姫路の中の姫路市男女共同参画センターを訪れてから、東京の田町にある「女性と仕事の未来館」を久ぶりに訪れようと思って、先日出かけてみました。

施設の名称は「女性就労支援センター」に変わっており、建物の1階がハローワークで、むかしの記憶とは大きく異なり勝手がわからず、隣りのビルに入ったりと右往左往してしまいました。行ったことがあるということで詳しくは調べてこなかったのですが、ネットであらてめて調べてみました。
むかしと同じ建物の4階でしたが、玄関や建物の中に女性就労支援センターの案内はまったくなくて、これはたどりつけないなと思いました。エレベーターを4階で降りると、ホールのロビーみたいなところで場違いな感じが否めません。ここでも案内表示がなくガランとした感じで、いていいのかわからない感じでしたが、奥の通路を覗いてみると看板を見つけ、その一室が女性就労センターでした。

かつて女性と仕事の未来館だったときには、図書館並みの規模で、障碍者からユニバーサルデザインや社会、教育、ジェンダーなどの本があって、ときどき訪れて知識を高めていたのですが、女性就労支援センターはスペースも蔵書もかなり縮小されていてちょっとがっかりでした。
障碍者やユニバーサルデザイン関係の本はなくなっており、ジェンダーや働き方関係、女性史、労働問題の本や、雑誌、政府刊行物、学会誌、各種活動報告などがあります。
しばらく見たあとに、センターの職員に聞いてみたら、事業仕分けで縮小して昔あった本は大幅廃棄とのことでした。それでも全体で5000冊くらいはあり、そのうちジェンダーの本は1000冊くらいかなと思いましたが、聞いてみると雑誌やリーフレットを含めるともっとあるそうです。ジェンダーの本はすべて残ったのですか?と聞いてみたのですが、ジェンダーの本も大幅に廃棄したとのことでした。他の図書館などに譲ったのですか?と聞いてみたのですがやはり廃棄との回答。あんなに充実していた施設だったのにもったいないと思いましたが、施設自体があまり使われていなかったのかもしれません。

そういえば、大阪の万博公園にあった大阪府立の図書館は絵本がものすごく充実していたのですが、施設が移設になり大幅に本が減ってしまいました。わたしは移設したあとの図書館にしか行ったことがないのですが、なんともこちも残念な思いにとらわれた思い出があります。

女性就労支援センターでは、また新しい本も徐々に買っているみたいですが、一度捨てた本は買えないと話していました。当たり前のような気もしますが、きびしいです。
かつて居心地のよかったたくさんあった机も、カウンターの真ん前の4人がけの2席になっていて、あまり居心地のいい感じではなかったのですが、その1席に座り、いろいろな本を引っ張りだしてきて読んでいました。
何時間もいたのですが、わたし以外は誰も来ませんでした。本の中身については職員の人とは話さなったのですが、職員と知りあいになってしまえば居やすい場所かもしれません。

それでも何千冊かの蔵書はわたしにとっては余りあるもので、地元の図書館ではほとんどないジェンダーの本があり、何時間もいながらも目を通すことができたのはごくわずかでした。

・『資生堂インパクト』石塚由紀夫
・『わたしの身体、わたしの言葉』江種満子
・『仕事と家庭は両立できない』アン=マリー・スローター
・『だから男と女はすれ違う』奥村康一、水野重理、高間大介
・『自分らしく生きるには こんな絵本に出会いたい』木村民子

返すのが面倒かなと迷ったのですが、上記5冊の本のうち3冊を借りました。

『だから男と女はすれ違う』。

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ずっと前ですが、アラン・ピーズさんとバーバラ・ピーズさんの『話を聞かない男、地図の読めない』という本を読んだことがあるのですが、『だから男と女はすれ違う』に男性は方角の指示を得意とし女性は目印の指示を得意として、それは狩猟時代の男女の役割の能力を受け継いでいるということや、夫婦喧嘩で男性が無視という態度にでることがあり、それは心拍数が100を超えていて理性的な判断ができなくなっているのだが、狩猟時代の戦闘モードをおさえるための態度である、などが書いてあり面白かったです。


『こんな絵本に出会いたい』。

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ジェンダーや働き方、差別のなどのテーマの絵本を紹介したものですが、絵本が好きなのですが読んだことがない絵本がたくさんでした。1冊目として紹介されているのが、デルモア・シュワルツさんの文とバーバラ・クーニさんの『ちいちゃな女の子のうた わたしは生きているさくらんぼ』。持っている絵本なのであらためて読んでみました。

『こんな絵本に出会いたい』には、『ちいちゃな女の子のうた わたしは生きているさくらんぼ』についてこんな解説が載っています。

「わたしは いつも わたしでしょう」
「わたしはいつも あたらしくなるのよ」
 この女の子は、女の子であることになんの屈託もありません。素直に自然に自分を肯定しています。「いつでもあたらしいなにかになれる」という歌うとき、女の子には輝かしい未来が待ち受けています。
[木村民子、『自分らしく生きるには こんな絵本に出会いたい』より]

前にみた動画を思いだします。

LikeAGirl〜女の子らしさとは
2019年4月13日の日記
https://momokoros.exblog.jp/28194106/

バーバラ・クーニーさんの絵本はたくさん持っているのですが最近ご無沙汰で、また読んでみたいと思います。


『仕事と家庭は両立できない?』。

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まだ読みきれていませんが、女性に対するステレオタイプだけではなく、家庭での男性に対するステレオタイプにも言及されていたり、育児や介護などを抱える職場での働き方にも言及されていて興味深い本でした。


女性就労支援センターのはいっている建物の2階に(かつは図書室は2階だった)、とっても美味しい和食屋さんがむかし入っていたのですが、なくなっていてこちらも残念でした。結局その日は、読むのに夢中になっていたせいかお昼は食べずじまいでした。


関西寄り道小道〜姫路の図書室と本屋さん




by momokororos | 2019-10-04 22:43 | | Trackback(27) | Comments(0)

やさしい思い〜大宮エリーさんの『思いを伝えるということ』

本屋さんで本を選ぶときにパラパラとめくっただけなのですが、これは好きな本だってわかることが多いです。先日訪れた神戸元町のハニカムブックスさんでは出会った本にそんな1冊があります。


今回の関西の旅で手にいれた本を、神戸尼崎の雑貨のdent-de-lionさんから送ってもらったのですが、「送る前に好きな本を読んでいいですよ」と伝えていたのですが、1つの本が素敵でした、ということを聞いていて、届いてから読むのを楽しみにしていました。


その本は、
大宮エリーさんの『思いを伝えるということ』。



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感じる「思い」をいくつかの散文詩にしたためており、その詩に対応する形でそれぞれの物語を載せています。

言葉はココロを見る物差しとなることもあるけど、ときに言葉がわからなくなるなることもあります。ココロにモノとしての形があれば、ココロが見えるし、自分も相手も気にかかる存在になる。ドアだったり、メッセージボトルだったり、電話ボックスだったり。
人が言葉を放つきっかけとなるモノとココロのかけはしを描いています。

生き方のハウツーではなく、言葉をつむぎだすことで起きる可能性について、素直に希望をこめて書かれています。


こんな詩がのっています。



また明日ね


夕日を見ると
悔い改める自分がいる
美しい大きな太陽が

海に沈んでゆく
大地に沈んでゆく
今日も一日ありがとう

せこせこと私たちは
かっこわるく生きているのに
太陽さん
どうしてあなたはそんなにも
変わらずに美しく
今日も力強い光を放ち
沈んでいくのですか

私たちがぎゃーぎゃーと
色々考えたり
悩んだりしていたときに
あなたはそれでも変わらず
強い光を放って
世界を照らしていたんですね
思えば今日一日ずっと

ちゃんとそれに
感謝できていなかった午後
お昼休みに渡った歩道橋
あなたのあたたかさと
おおらかさを
感じていたはずなのに
きちんとあなたの存在に
感謝せずに
一日を過ごしてしまいました
ごめんなさい

これを当たり前だと思ったら
人間はダメになっちゃう
毎日あなたが顔を出し
そしていつものように
帰ってゆく
これをいつまでも
あなたが変わらずに
繰り返してくれていることに
感謝します

いつか人間の大きな過ちで
二度とあなたが
顔を出さす世界が暗黒のままに
なったとしても
それは私たちの責任
あなたの責任ではない

そうならないように
今日もあなたに感謝をします
これが当たり前だと思ったら
ダメになっちゃう
取り返しがつかなくなっちゃう

一日の終わりに
真っ赤なあなたが
静かに静かに
沈んでゆくのを見ると
そのあまりの美しさに感動して
胸がいっぱいになるのです

また明日 会えますか

[大宮エリー、『思いを伝えるということ』より]


当たり前なことは、簡単にできるように見えながら、実は裏で支えられていることが大きく、意識的にならないとそれを忘れがちです。当たり前なことがなくなってから気づくとこが多いかもしれません。いまの地球環境がまさにその問題に直面しているといえます。


まどみちおさんの「どうしていつも」の詩を思いだしました。


どうしていつも


太陽



そして


虹(にじ)
やまびこ

ああ 一ばん ふるいものばかりが
どうして いつも こんなに
一ばん あたらしいのだろう

[まどみちお、『とおいところ』より]


その昔、京都二条の雨林舎さんの壁に、この「どうしていつも」の詩が書かれていました。ずっとずっと訪れていないけど、まだお店はあるのかなと思います。





by momokororos | 2019-10-02 22:36 | | Trackback | Comments(2)

見ないふりをしていること〜小川たまかさんの『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』

神戸元町の1003さん。

7月半ば過ぎに、1003さんを訪れたときに、大阪水無瀬の長谷川書店さんでみつけた松田青子さんの『じゃじゃ馬にさせておいて』を共有していたのですが、お会計の机の上にあがってた本を紹介してもらいました。
趙南柱(チョ・ナムジュ)さんの『82年生まれ、キム・ジヨン』。こちらの帯には、松田青子さんの紹介文が載っていました。その日は、別に紹介してもらった、北村紗衣さんの『お砂糖とスパイスと、爆発的な何か』の本を手にいれています『82年生まれ、キム・ジヨン』は、1003さんで見たあとに知り合いからもすすめられて、新刊書店で見かけていたのですが、次に1003さんに行ったときに買おうと思っていました。

今回、1003を訪れたときは残念ながら売り切れ。結局こちらに戻ってきてから買って読みました。その話題はまた今度。


1003さんでは、新刊図書やZINEなどが収められた棚がレジカウンターの近くにあるのですが、ジェンダーの本もいろいろ並んでいて、その中からおすすめてしてもらいました。かなりの冊数の本を手にいれていてどの本屋さんで手にいれたか記憶もおぼつかくなっている本もあるのですが、この3冊だったと思います(3冊目がおぼつかないです)。

小川たまかさんの『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を
藤本和子さんの『塩を食う女たち』
太田明日香さんの『愛と家事』

その中の1冊の、小川たまかさんの『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』。


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そのことを知らないというのではなく、知っているけど見ないふりをしたり手をさしべないことの話しが載っていて、それはまさに「わたし」のことではないかと思ってしまいました。夜中に読み始めたのですが、2、3章を読んでやめました。眠いかからではなくてかなり衝撃的だったかもしれません。

日をあらため再び読み始めました。
世の中で炎上しているのことが何でだろうとわからず不思議に思うことがあったのですが、この本に書かれている炎上した理由の解釈を読むと、そこまで気がまわすことができていない自分にがっかりしました。「なるほど」を通り越して「ふがいない」自分を感じてしまいます。
自分の考えの足りなさや自分との考え方の違いを再認識させられるとともに、そういう考え方ができることに惹かれます。


映画の中の女性たち〜松田青子さんの『じゃじゃ馬にさせといて』
2019年7月30日の日記

バーレスクのこと〜北村紗衣さんの『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』
2019年8月10日の日記


by momokororos | 2019-09-30 22:38 | | Trackback(91) | Comments(2)

関西寄り道小道~姫路の図書室と本屋さん

先日、姫路城のことを書きましたが、写真はイーグレ姫路というビルから見える姫路城でした。

姫路の姫路城と神戸の花隈城址
2019年9月18日の日記
https://momokoros.exblog.jp/28578414/


かなり前ですが、そのイーグレ姫路では屋上で雑貨のフェスティバルを開催していたことがあり、好きな作家さんの「Bruno」さんも出展していたこともあって、年に1度訪れていたことありました。

イーグレ姫路の1階と屋上以外は訪れたことがなかったのですが、先日あがってみると、3階に姫路市男女共同参画推進センサーがあって、その図書室にはジェンダーや労働、健康、心理、政治などの本がものすごく充実していました。
受付で県外の人でも利用できますか?と聞いてみると、貸し出しはできないけど閲覧は可能とのことで、しばし本を見ていました。ジェンダーの本だけでも目を瞠る本があって1000冊くらいあったかもしれません。育児や健康、社会。児童書、絵本、コミック、雑誌などもあっ1日いても飽きないかもしれません。たまに住んでいるところ以外の図書館に行きますが、本のラインアップや並べ方が違っていてワクワクします。

『皿洗いするの、どっち?』山内マリコ著
『北欧に学ぶフェミニストの本』
『こんな生き方がしたい レイチェル・カーソン』小手毬るい著

などの本がいいなと思いましたが、これらの本はこちらに戻ってきてから出会えていません。
図書室の人に聞いてみたら、神戸にはもっとすごい図書室があるということを聞きました。行ってみたいです。
東京田町の女性就業支援センター(昔は「女性と仕事の未来館」とのいう名前)の図書室に昔通っていたことがあって、障碍などの本を読んだり借りていたりしていたのですが、ここ何年かご無沙汰しています。

イーグレ姫路からほど近い、おひさまゆうびん舎さんへ。
おひさまさんでは、夏葉社さんの本の展示をしていて、『さよならのあとで』の詩集の本のラフも展示していて、高橋和枝さんのカラーやモノクロの絵も載っていて興味深かったです。その『さよならのあとで』に載っている高橋かずえさんの原画も展示をしていました。展示は9月末までとのことです。


おひさまさんでは、面白い本を見つけました。

『ずぼらとこまめ』。

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姫路をあとに寄った本屋さんや雑貨屋さんの店長さんに聞いてみたのですが、わたしは「ずぼら」と答える人ばかりでした。
私は自身のことを「こまめ」と思っていたのですが、話しを聞くうちに「ずぼら」かもと思えてきました。こまめでもずぼらなところもあるし、他人から見るとそうじゃないって思われたり。この本にも書いてあることですが、人間は両側面を持っていますよね。

作家の書斎や絵描きのアトリエなど、モノが多くて雑然とした感じなのに素敵と思うことがよくあります。自分のお部屋もそうありたいのですが、そうはなりません。見せようという意図が理想を高めてよくないのかもしれません。



by momokororos | 2019-09-27 22:52 | | Trackback | Comments(2)

「恋するいしかわ」〜石川近代文学館

金沢の石川四高記念館。

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石川四高記念館の中に、石川近代文学館が入っていて、「恋するいしかわ」の展示が開催されています。

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石川ゆかりの作家さんの本や書簡などが展示されていて、かなり興味深かったです。


加賀市生まれの深田久弥さんの『火にも水にも』の本が展示されていました。深田久弥さんは最近知った作家さん。『日本百名山』など山の本を書いています。

先日、東京中目黒のCOWBOOKSさんで、北畠八穂さんの『透きとおった人々』を見ていいなと思いました。

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COWBOOKSさんのお店のスタッフさんから、北畠八穂さんの旦那さんは山の本を書く深田久弥さんで、初期の深田久弥さんの作品は北畠八穂さんがゴーストライターとして書いた、という話しもあるとのことを聞きました。
『透きとおった人々』は、北畠八穂さんが親交のあった、室生犀星さんや堀辰雄さん、立原道造さん、林芙美子さん、川端康成さんなどの人々について書かれています。

『火にも水にも』は本の展示のみだったので、展示が終わったあとに学芸員に聞いてみました。
初期の作品なので、深田久弥さん自身が書いた本で、その時代の金沢の女の子の様態を描いた楽しい作品とのことでした。石川の大聖寺に深田久弥さんの記念館「深田久弥山の文学館」があるとのことを教えてもらいました。

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大聖寺には、九谷焼美術館もあって行ってみたいと思いました。


「恋するいしかわ」の展示には、室生犀星さんの『三人の女』や、井上靖さんの金沢や能登を舞台にした小説の『波の音』や『夜明けの海』、永瀬清子さんの『あけがたにくる人よ』、本谷有希子さんの『生きているだけで、愛』などがあり、読んでみたいなと思います。
中西悟堂さんの『かわたれの花』の戀獄という詩の本も展示されていましたが、どこかの本屋さんで見かけた本です。どこだったか。中目黒のdessinさんだったような気もします。紅玉いつきさんの本も読んでみたいです。

展示をみたあとに、学芸員さんといろいろ話していたのですが、徳田秋聲さんの話しをしたときに、秋聲さんは身近な人たちのでことを書いていることが多く、身近な人たちからの反発もあったけど、それを受けとめる覚悟を持って書いていたということを聞きました。
その徳田秋聲さんのことを研究している古井由吉さん、その古井さんを敬愛しているのが又吉直樹さん、ということも教えてもらいました。古井さんの本は『槿』や『杳子・妻隠』など何冊持っているので読みかえしてみたいです。又吉さんは『火花』しか読んだことがありません。
徳田秋聲さんの金沢の町のことを描いた『町の踊り場』の短編があると教えてもらったので読んでみたいと思います。

また学芸員さんに、大好きな廣津里香さんの常設展示がなくなってしまって残念ということを話したら、常設展ではなく、毎年のタイミングで展示されているときにあたったのでは?と言われました。
廣津里香さんは、石川近代文学館での展示を見てから好きになり何冊の本を買うようになりました。少し前に廣津里香さんの私家版の日記を古本屋さんで見かけた、ということを話したら、廣津里香さんが亡くなってから出版された日記は本人の意思ではなく、近親の人たちの微妙な話題も書かれているので、文学館にもある自筆の日記の公開するページや編纂した日記については注意している、という話しを聞きました。また廣津さんの絵と詩がセットになった本もあるが、必ずしも廣津さん自身が組みあわせたものではない、という話しも聞きました。なるほど知らないと廣津さん自身が絵と詩を一緒に書いたと思ってしまいます。

ちなみに、バラの絵と、無題の詩は廣津さんがセットで考えていたそうです。
その詩です。

  切り取っても
  花瓶にさしても 
  バラはひらく

  私はいやだ
  花瓶のなかで 
  花開くのは

  つかまえて
  檻に入れても
  豹は生きる

  私はいやだ
  金網のなかで 
  呼吸するのは

何度読んでもすごい詩だと思います。

バラの絵はこちら。

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また、廣津里香さんの展示をすることもあるそうなので、楽しみにしていていたいと思います。

廣津里香さんに逢いたい
2017年8月19日の日記









by momokororos | 2019-09-15 15:46 | | Trackback | Comments(0)

情景描写の妙〜村上春樹さんの『騎士団長殺し』

村上春樹さんの『騎士団長殺し』。

村上春樹さんの本は、『村上ラヂオ』のエッセイを6、7年前に読みましたが、小説は、『ダンス・ダンス・ダンス』以来です。『ノルウェーの森』か『海辺のカフカ』で挫折しました。
まわりに村上春樹さんのことを好きという人がいないので、これまで読んでこなかったのですが、久しぶりに村上春樹さんのこの小説が話題になったので読んでみました。

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淡々とした気持ちの描写や風景描写はうまいなと思いました。
パチンと切られたかのような場面の切り替わりから、徐々に前のシーンを思い起こさせる書き方にはすがすがしさすら感じます。感情や気持ちを引きづらない気持ちをおさえた表現が、逆に読者の感情移入を容易にするのかもしれないと思いました。

単行本で2冊、文庫本で4冊の長編ですが、ミステリーとファンタジーが織り交ぜられており、性的描写が多いこともある意味で飽きさせない要因となる人がいるかもしれません。繰り返しになりますが情景描写は秀逸だと思います。
むかしの村上春樹さんの小説はどうだったか、『羊をめぐる冒険』を再読しようと思っています。内容はすっかり忘れてしまっているのですが。

物語の最後、すべてを清算するかのようなくだりが終わりを予感させますが、現実と仮想にまたがるおおがかりな伏線にしては、終わり方があっけない感じでした。

原因は特定できないが、結果が意味を発揮するとか、理屈があっているかは時間がたたないとわからない、ということも書かれていますが、結局なにがわかったのか釈然としません。どうして?という解釈を求めている読者には肩透かしかもしれません。
わかることよりも、前に進んでみることを大切ということを言っているのかもしれません。



by momokororos | 2019-09-11 22:11 | | Trackback | Comments(0)

楽に呼吸できる場所とは〜柚木麻子さんの『本屋さんのダイアナ』

柚木麻子さんの『本屋さんのダイアナ』。

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本屋さんでは見かけたことのある本でしたが、初めて読みます。

主人公のダイアナは、変な名前と髪の毛のせいでからかわれいじめられます。そんなときに、同じく本が好きで、自分に持っていない育ちがよくたおやかでお姫様みたいな彩子に出会い惹かれます。その2人のそれからを基軸に物語が描かれます。

本が好きで本屋さんになりたいだけのダイアナの話しではなく、いじめや自分で思いこんでいる抑圧された世界からの解放をめざす女の子たちの物語でもあるように感じます。



「どうしてあんたたちは、山の上女学園でうまくやれない人間は、負け組だって決まるんだよ。あんな小さな世界の優劣で、なんでその人の人生が決まるんだよ。ものすごい狭い世界だよ。彩子ちゃん頭いいんだから、わかるでしょ?」
[柚木麻子、『本屋さんのダイアナ』より]

自分で自分に呪いをかける生き方はしんどいっつうの
[柚木麻子、『本屋さんのダイアナ』より]


少しわかりにくいですが、今宵「Heaven?」というドラマを見ていたら、こんな言葉がでてきました。

「自分の居場所を自分で居心地悪くしちゃ駄目」

この言葉に通ずるものがあると思いました。


主人公ダイアナの親友の女の子が感じる男性優位な考えへの疑問も描かれています。

男の人の視線にさらされる戦場のような環境がこの世界のスタンダードなのだろうか。
[柚木麻子、『本屋さんのダイアナ』より]


姫野カオルコさんの『彼女は頭が悪いから』をいま読んでいて、最近社会的に問題になったテーマについて書かれているのですが、『本屋さんのダイアナ』にも同じテーマが描かれていました。


この前の日記に書いたことですが、現実の面白さには目をみはるものがあり、現実が面白いときには本が読めないことも多々ありますが、共感できるくだりが書かれていました。

「それにね、本のヒロインに自分を重ねるより、自分がヒロインになりたくなったんだ。だってこの世界にはすげえ面白いことがいっぱいあんだもん」
[柚木麻子、『本屋さんのダイアナ』より]


楽に呼吸できる場所が、実は世界にはたくさんあるかもしれないと。
[柚木麻子、『本屋さんのダイアナ』より]


居心地のよくない社会や世界。それは社会や世界のせいなのかもしれないけど、居心地のよいところを探すことは自分でもできるかもしれないと、考えさせる言葉です。現実や本の世界や違う文化や価値観の世界の中に、居心地のよい世界があるかもしれないと思いました。



by momokororos | 2019-09-10 23:23 | | Trackback(69) | Comments(0)

同時に読んでいる本

本を読むときに複数の本を同時に読みすすめます。
よく人には20冊くらいの本を同時に読んでいると話すことがあるのですが、実際何冊の本を読んでいるのかを把握したことがありませんでした。

いま読んでいる本を並べてみました。

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たまたまですが、ちょうど20冊でした。

よくこんがらがらないね、と言われますが、現実世界も脈絡のある風景を見ているわけでもなく不連続であるし、会う人も断続的でいろんな人と次々に話したり、自分が考えていることも外からの働きかけですぐに中断されるし、断片的な無数のストーリーで成り立っていることを考えると、複数の本をわたって読むことも同じかなと思います。



この中で、一番読むのに時間がかかっているのは、再読しているウィリアム・スタイロンさんの『ソフィーの選択』、かれこれ半年はかかって読みすすめています。大学生のときに読んで感動したのですが、読むのに苦労しています。
夏目漱石さんの『三四郎』も3ヶ月くらいかかってます。高校生のときに読んで、漱石さんでは、『虞美人草』の次に好きだったと思いますが、この頃に読んだ本は今はなかなか読みすすめられないものがたくさんです。

ヘンリー・デイヴィド・ソローさんの『森の生活』、レイチェル・カーソンさんの『沈黙の春』も再読です。こちらも断続的な半年くらい。高校から大学のときに読んだ本です。こちらもなかなか進められていないけど、学芸大学の流浪堂さんにソローさんとカーソンさんの本をたくさん集めたコーナーを見かけて再び触発されています。

村上春樹さんの『騎士団長殺し』。村上春樹さんの小説を読むのは久しぶりで、『羊をめぐる冒険』や『ダンスダンスダンス』以来です。確かそのあとの『ノルウェーの森』で挫折しました。『騎士団長殺し』の感想はまたあとで書こうかなと思っています。


図書館に行くと、わたしは読んでいる本から派生した本が山のように積みあがります。周りをみると、同じ本を一心不乱に何時間も読んでいる人たちを目にすることが多く、すごいなあと思います。
複数の本を同時に読むのは、単にわたしの集中力のなさがそうさせているだけなのかもと思うこともありますが、本と本のつながりや、同じ本を読んでいることの共感性、書いてあることの共通性を見いだせると、とてもうれしいです。





by momokororos | 2019-09-08 23:07 | | Trackback | Comments(0)

男女の会話や共感のずれ〜黒川伊保子さんの『女の機嫌の直し方』

黒川伊保子さんの『女の機嫌の直し方』。

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タイトルがあまり好きでなく敬遠していたのですが、手にとって内容を見ると人工知能の話しにからめての話しの展開だったので、買って読んでみました。

解剖学的な脳の性差ではなく、人工知能の研究者としての立場から男女の脳の違いについてアプローチした書かれている本です。 解剖学的な脳の違いが男女の言動に及ぼされることを書いた『話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く』が引用されていますが、わたしもむかし興味深く読んだ本です。


『女の機嫌の直し方』には、女性の脳と男性の脳の能力の特徴の違いを明確にしつつ、女性と男性の現実の会話や共感にずれについての説明がされており、読み手が男女どちらであってもなるほどと思う内容が書かれています。過去の経験に裏打ちされた女性の直感能力と、生きていくうえでの女性の共感ということの大切さが書かれています。女性の機嫌の直し方だけでなく、男女の違いを認識することで「お互いの機嫌を直し」、よりよくコミュニケーションできることを語られています。

この、黒川さんの脳の性差の説明は深く納得できるものですが、わたしは、黒川さんの人工知能の研究者で新しく想像される人工知能(ロボット)について語られているくだりが印象的でした。


 男女脳は、違う。
 人工知能のエンジニアである私に、それは重くのしかかってきた。―私たちが目指す「人工の脳」は、いったい、どちらの脳を目指しているの?
 答えは簡単である。
 ときの人工知能研究の最前線には、男性しかいなかった。彼らは、何の疑問もなく、男性脳をもって「ヒトの脳」と信じていたのだ。
 このまま放っておけば、男性脳をもって、人類の脳とされる。しかも、実際にサービスの現場に送られる「ヒトの言うことを聞く従順なロボット」は、おそらく、男性たちの妄想上の「若い女性」を体現したものになるに違いない。逆に医師やエンジニアなどのロボットは、男性を模すことになる。女性の等身大の気持ちとは、大きくかい離したところに、人工知能の時代は開かれることになる。
[黒川伊保子、『女の機嫌の直し方』より]


少し前に、映画の『エクス・マキナ』のことを日記に書いていますが、黒川さんの危惧しているそのままのアンドロイドロボットが作られています。
また、AI開発が白人男性に偏っていることが指摘する番組がテレビで放映されていました。社会偏見がそのままAIに学習してしまっている懸念も言われています。


黒川さんは、こんなことも言っています。

 私たちが目指す人工知能は、男性脳なのか女性脳なのか、はたまたハイブリッドなのか、あるいは人工知能向けの第三のジェンダーを作り上げることになるのか、特に私は、感性の領域に踏み込む人工知能エンジニアだったから、大きな命題を叩きつけられたように思ったのを覚えている。
[黒川伊保子、『女の機嫌の直し方』より]


この黒川伊保子さんの『女の機嫌の直し方』のタイトル、「女の機嫌」ということで男女非対称のタイトルだし、始めは敬遠しましたが、たしかに目立つタイトルだし手にとってもらえているのかもしれません。


女性の社会的役割への意識〜「エクス・マキナ」
2019年8月14日の日記
https://momokoros.exblog.jp/28517422/

よかれと思って、という勘違い
2019年8月31日の日記




by momokororos | 2019-09-05 22:36 | | Trackback | Comments(0)

よかれと思って、という勘違い

最近考えることなのですが、知らず知らずのうちに、これまで自分が当たり前に思っていた価値観で無意識に振舞っていたかもしれないと思いました。

『よかれと思ってやったのに』の作者の清田隆之さんは、

よかれと思ってやったことが裏目に出るのは悲しいし、無知や無自覚によって大切な人から絶望されてしまったらそれは悲劇です。

と言っています。


少し前の日記で書いた上野千鶴子さんは、

相手が嫌がっていることをキャッチできないほど鈍感なのが問題

と言っていますが、いままでのステレオタイプな考え方や、これまで育ってきたジェンダーの考え方は予想外に強固で、よかれと思って勘違いしていて、嫌がられていたことがあったかもしれないことを思います。


清田隆之さんの『よかれと思ってやったのに』は、男女ともに納得させられることがたくさん載っています。

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相手の嫌がっていることをキャッチできない鈍感さ〜上野千鶴子さん
2019年7月15日の日記




by momokororos | 2019-08-31 22:34 | | Trackback | Comments(0)