6月の半ばくらいから、週に1度くらい都内に出て、職場やお昼を食べたり本屋さんに寄ったりしています。ときどき 神保町にも寄るのですが、東京堂書店さんでこんな2冊の本と出会いました。 井上靖さんの『星と祭』。 對馬佳菜子さんの『観音ガールと巡る 近江の十一面観音』。 『観音ガールと巡る 近江の十一面観音』の横に『星と祭』が並べられていて、『観音ガールと巡る 近江の十一面観音』を読んでみると、井上靖さんの『星と祭』を読んで滋賀の湖北の仏像にはまり、絶版になっていた『星と祭』の復刊プロジェクトにかかわり、『星と祭』を復刊した、ということが書いてありました。 『星と祭』は、かなりの厚さの単行本で、633ページ。片手で本を持ちながら読んでいると腕が痛くなるくらいでした。 井上靖さんの名前や作品は知っているものの読んだことあったか覚えていません。読んだとしたら『氷壁』か『しろばんば』かなと思って、お部屋の本を探してみると、『少年・あかね雲』だけ出てきました。 『星と祭』は、琵琶湖の湖上で行方不明になった子どもとその父親の話しです。読みはじめて、滋賀の湖北のお寺や仏像が出てこないにもかかわらず、物語にのめりこみました。主人公の父親の行方不明になった子への思いと、十分な会話ができなかった過去への想いから、自分のココロの奥底を見つめます。悲しみや怒り、怯え、諦めの感情に揺れる父親の気持ち。湖北の仏像を巡り、仏像の姿とそれを守ってきた地元の人々の姿をみるうちに、気持ちが変わってきます。親として子どもと向きあう気持ちから、遠くから眺める一枚の絵のように眺める気持ちへ変わります。 この本の帯に、 静かに風化せしめよ。 愛も、 憎しみも、 悲しみも、 怒りもー と、小説の中の文章が引用されているのですが、この言葉が主人公の気持ちをあらわしています。 主人公が、子どもが行方不明になったその時に感じた気持ちが、時間という流れの中で、繰りかえし再生されるとともに再構築され、残るものと残らないものにわかれ、そして個人の思いだけではなく、他の人の気持ちや思いに寄り添い、湖北や近江の人びとが生活のなかで守り継いできた観音さまへの想いとあいまって、悠久の時間に融合していくように感じました。 この小説には、湖北と近江のたくさんの十一面観音さまがでてきますが、向源寺の十一面観音さまと、盛安寺の十一面観音さまだけを見たことがあります。ただしどちらも展示会ででした。 向源寺の十一面観音さまは、東京国立博物館の「仏像」の展示でみています。 [『仏像」の図録写真より』] この少しひねった腰がなまめかしく、ぷくっとでたお腹がかわいいです。 [『仏像」の図録写真より』] 滋賀の湖西の坂本にある盛安寺の十一面観音さまは、世田谷美術館の、白洲正子 「神と仏、自然への祈り」の展示会で見ています。 [『白洲正子 「神と仏、自然への祈り」より』] なんとも美しいお姿をしています。 以前、坂本からケーブルカーで比叡山にのぼったことがありますが、坂本近くの穴太にある盛安寺のこの十一面観音さまには気づきませんでした。 どちらも魅力的な仏像で、湖北と湖西のお寺に見にいきたいと思っていますが、感染症がおさまって行けるのはまだ先になりそうです。
by momokororos
| 2020-08-09 22:06
| 本
|
Trackback(651)
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||