米本浩二さんの『評伝 石牟礼道子』を読んでいます。 少し前に手にいれたのですが、少し読んでそのままになっていました。 こちらは、高校生くらいのときに買った本です。 しばらく前に、『苦海浄土』を読もうと思い、奥から取りだしてきて読みすすめていたのですが、しばらく読むと暗澹たる気持ちが湧きあがり読むのを諦めてしまいます。何度もこの繰り返しです。 石牟礼道子さんの本は、素敵で、入るとすぐに出ていってしまうという話しを、学芸大学の流浪堂さんを聞いて、数ヶ月くらい前から『苦海浄土』をまた読んでみたのですが、やはり無理で諦めました。 「読みたい」「読めない」が、いつしか、「読まなくちゃ」「読めない」になっていたような気がします。 小学校のときに社会の教科書に載っていた水俣病。そのときの印象を引きずっているからかもしれないと自分では思っていたのですが、ふとネットで、『苦海浄土』が読めない、という文章を目にしました。 読めなくてもいいんだ、という気持ち。 自分が読めない、できないと思っていることを、他人も同じように思っていることがわかるだけで、ふとココロが軽くなり救われたような気がしました。 ふたたび手にとった『評伝 石牟礼道子』には、こう書かれていました。ふた 石牟礼道子を読みながら、もう一つ思うことは、水俣病にとらわれすぎると石牟礼道子の正体(正体なんてあるのだろうか)を見誤るということである。水俣病はむろん道子の生の核心であり、「正体を見誤る」というのは言い過ぎとしても、常に水俣病に収斂する読み方をしていれば、石牟礼文学の豊かな可能性の芽を摘むことになりかねない。ではどんな読み方ができるのか。たとえば、普通に生きることができない人に石牟礼文学は向いている。 [米本浩二、『評伝 石牟礼道子』より] 『評伝 石牟礼道子』には、道子さんが子どもの頃にかわいがってもらった女郎の話しや、海の渚の話しがでてきます。 『評伝 石牟礼道子』の副題は、「渚に立つひと」。『評伝 石牟礼道子』を読むと、石牟礼道子さんが渚にたち、陸と海のはざまで、こちら側からあちら側、あちら側からこちら側をみながら、のちに、相手と自分、生と死のはざまに思いを馳せる石牟礼道子さんの姿を思いおこします。 石牟礼道子さんが結婚をするときの気持ちについても綴られています。 嫁は、起きているあいだは働きどおし、明るいあいだは畑にいなければならぬ、というのが当時の封建的農家の常識である。 のちに水俣病闘争にかかわるようになった道子は、憧憬に似た希求の果ての、夢幻のようなイメージ世界を「もうひとつのこの世」と呼んだ。《私の中にある美しいものが最上の力を注いで作り上げた園》である「にじの国」とは、「もうひとつのこの世」の別名といって差し支えあるまい。「もうひとつのこの世」は水俣病闘争だけが特権的に抱懐したのではなく、道子の生に深く根差したものであるということが、『虹のくに』を読むと納得させられる。(中略) 《なべてのひとの耐えてあゆみし道ならむわれもしづけくゆくべしとかや》 婚礼直後に詠んだ歌である。のちに道子は、辛苦を抱え込んで生きた女たちを「死たち」と呼ぶ。代々の女が耐え忍んできた道ならば自分も忍ぶにやぶさかでない、という覚悟がにじむ。人間を含めた生類一切のかなしさを働哭するかのようだ。 [米本浩二、『評伝 石牟礼道子』より] 結婚というハレの舞台にもかかわらず、彼女の嘆きや悲しみが綴られていて、思いや考え方がよくわかります。 主人、家内……。呼び名がなじめない。結婚は独身時とは違う懊悩をもたらした。 《もともと、「私」と「あなた」の判別は峻烈に"違います"というしるしをかかげて名前というものが誕生したものだろうと思うのに、その私とあなたの違いが、異性を所有していますというしるしとして通用するこれら呼名のかずかずは、みみっちくて、みみっちいのは知っていて使わねばならぬのに閉口しているのです》(「愛情論初稿」)。夫婦の掟、男女の愛とは何なのか。 《新婚? そんな気分の記憶は、私の方にはかけらもありません》 [米本浩二、『評伝 石牟礼道子』より] 分け隔てなく、さらに相手の身になって考えようとする、石牟礼道子さんの片鱗をうかがわせます。 まだ途中までしか読んでいませんが、このさき読みすすめるのが楽しみです。
by momokororos
| 2020-07-24 21:37
| 本
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