鴨居羊子さんの『午後の踊り子』。 鴨居羊子さんが大好きなのですが、鴨居さんの本の中で一番好きな本です。 出だしの「オーレ・フラメンコ」の章からワクワクする書き出しです。 土曜日のお勤めは二時半まで。次が日曜日だと思うと午後の陽ざしまで、ゆったりと長目にのびて、普通の日とは時間の内容も異なった様相を呈してくる。 私は二時半のブザーが鳴るやいなや、バッグともう一つ、レッスン着をつめこんだ大袋をひっさげて、オフィスを大あわてでとびだし斜めに走り出す。つまり斜め二筋向こうにフラメンコの練習場がある。 オフィスをとびだしたとたんに私は下着会社の社長ではなく、カミシモを脱いでアッパッパを着た女の子になる。私は踊り子だ。まるで女学生のように身が軽く、その前途がどうなるやも判らぬ危なげな斜めのよろよろ歩きで、胸をふくらませてとんでゆく。 昔もこんな気持ちのときがたくさんあったような気がする。するとあんまり変わっていないのかな。そんなことはどちらでもいい。私はひどく忙し気に歩く。一分たりとも遅れると、師匠は容赦なくレッスンを始めてしまうし、五分遅れれば二つほどの足さばきは終わってしまう。 [鴨居羊子、『午後の踊り子』より] 鴨居羊子さんは下着デザイナーであり、下着の会社を設立した人です。 鴨居羊子さんは、熱くて負けず嫌いだけど、負けちゃうときは負けちゃうし、見栄っ張りだけど情に厚く、泣き虫で優しいです。そんな矛盾に満ちた存在がとても魅力です。 そんな鴨居羊子さんのフラメンコ奮闘記。鴨居さんの踊りと情熱的な気持ちが伝わってきます。 鴨居さんは、こんなことを書いています。 ところが今回からは四方に敵がいるのである。己が脚にかけて、溜息など意地でもつけぬのである。 自分の足音がどんな音をしているかを注意深く聞きながら、足を踏まねばならぬところを、自分のはそっちのけで、隣りの雪江の足音に私は必死で耳をかたむける。「チェッ。いい音だしてるな。靴がどうも新しいのに違いない」などと思う。隣りがちょっとでも間違えると「ヘン! あの足さばきは習ってないんだな。どうだい」とか、少しでも「フー、シンドイ」などと敵がつぶやこうものなら「バンザーイ」と、もう大声で叫びそうになる。何のためにやってるのかさっぱり判らないが、敵もさるもの、なかなか弱音を吐かない。 [鴨居羊子、『午後の踊り子』より] 鴨居さんたらそんなこと言ってしまって、とほくそ笑んでしまいます。 林芙美子さんの感情豊かなところとどこかしら似ているかなとも思います。 挿し絵も素敵です。 挿し絵も表紙の装画も鴨居羊子さんの絵で、うまいのかへたなのか、可愛いのか可愛くないのかわからないのですが、不思議と魅力を感じます。鴨居さんの人格や性格がでている人間的な絵だからかもしれません。 この『午後の踊り子』は、わたしのこれまで読んだ本のベストにはいるくらい好きな本です。
by momokororos
| 2020-06-25 22:04
| 本
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