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2017年 01月 05日

パリの夜の闇〜鹿島茂さんの『パリ、娼婦の館』

パリへの憧れ。
かなり前からずっとパリへ憧れていて、パリの読みものをよみ、パリの写真やパリを舞台とする映画をみて、パリに行った人の話しをきき、憧れは高まるばかりです。

最近は、パリで活躍したブラッサイさんの写真を見たり、ブラッサイさんのことを書いた『ブラッサイ パリの越境者』や、パリに来てブラッサイさんと親交を深め裏のパリをくまなく歩いたヘンリー・ミラーさんの『北回帰線』を読んでいます。

東京の森下にあるドリスさんで『パリ、娼婦の館』という本を見つけました。

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1800年代後半から1940年代の、国家公認のパリの娼婦の館である「メゾン・クローズ」のことが書かかれている本です。
フランスに詳しい鹿島茂さんの本であることで手にいれました。

メゾン・クローズは、その存在自体が議論になってしまいますが、当時の社会状況や考え方、人間の心理などを知ることができます。

鹿島さんがあとがきに書いている文章を引用します。

その存在を賞賛するにしろ断罪するにしろ、とにかく、それがいかなるものであり、どのように機能していたかを知ることが先決だという歴史家の立場に立つ以上、どうしても避けて通れないのが、メゾン・クローズとかメゾン・トレランスと呼ばれた娼婦の問題である。なぜなら、中世の昔から第二次世界大戦まで、フランスは、こうした娼館を社会のメカニズムの一部に組みこむことで成り立っていたからだ。いいかえると、娼館の存在を前提として機能していた社会を考察するのに、あたかも娼館が存在しなかったように振る舞うことはできないということだ。たとえば、フロベールやゾラ、プルーストを読むのに、高級な娼館や高級娼婦のことを知らないで済ますことは不可能なのである。
[鹿島茂、『パリ、娼婦の館』より]

わたしもこの本を読んで、メゾン・クローズをとりまく当時のパリのことや、わたしが惹かれる芸術家、詩人、文学者の行動など、たくさんのことが見えてきました。

トゥールーズ・ロートレックさんがメゾン・クローズに通って娼婦たちの生態を描いたことや、ジャン・コクトーさんが通ってホモセクシュアルの痴態を観察してイラストを描いたこと、バルザックさんが1700年代後半から1800年代前半に隆盛を極めたパレ・ロワイヤルの娼婦のことを書いたなど、フランス文学者の鹿島茂さんならではの引用に興味をいだきました。

そして、高級メゾン・クローズのシステム、リクルート、しつらえなどかなり考えられたものであり、現代の料亭などのサービス業やディズニーランドなどのアミューズメント業で工夫されているようなお客の心理に沿うサービスだったことがわかります。

先に述べたように、メゾン・クローズを仏語辞典にあるように「売春婦」とか「淫売宿」と訳すと、誤訳ではないにしても、その独特のニュアンスを取り落とすことがある。(中略)
このように、スファンクスは、「売春宿」などという訳語では全容を示すことのできないほどの広がりを持った高級社交場であり、連夜、パリのセレブリティーが群れ集って、饗宴を繰り広げていたのである。
[鹿島茂、『パリ、娼婦の館』より]


鹿島さんはフレンチ・カンカンのことについても書いています。

ようするに、ナナは、ロートレックの「ムーラン・ルージュ」のポスターに描かれたラ・グリュのようなカドリーユ・ナチュラリスト(いわゆるフレンチ・カンカン)を踊っていたわけなのだが、じつは、こうしたフレンチ・カンカンは、ナナのような元気のいい私娼が自分を最も高く売り付けるために考案したパフォーマンスにほかならず、「ムーラン・ルージュ」のポスターに黒いシルエットで描かれた鼻下長紳士たちは、そのパフォーマンスの観客であると同時に、肉体のバイヤーでもあったのだ。
[鹿島茂、『パリ、娼婦の館』より]

ここで出てくる「ナナ」は、エミール・ゾラさんの本の『ナナ』の主人公です。
5年くらい前に、三菱一号館美術館で開催されていた「トゥルーズ・ロートレック展」。展示されていた「ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ」は、有名な絵の1枚です。

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黒いシルエットで描かれたシルエットの人たちは、バイヤーの人たちであるとはつゆ知らずでした。図録には書いていないのですが、描かれたときの社会情勢を知ると絵にこめられた意味を理解することができます。

その当時のカンカンがそういうパフォーマンスの意味も含まれていたとは興味深いです。

何年か前に、学芸大学の CLASKAさんの屋上で上映された「フレンチ・カンカン」の映画を見にいったことがあります。
また見たくなりDVDを手にいれています。

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メゾン・クローズの一番上と一番下については、人々の好奇心が働くのだろうか、思いのほか回想や証言が残っている。だが、金持ちでも貧乏人でもない普通の人たちが通っていた中級店に関しては、案外、情報が少ない。特に、フランス語の資料が見つからない。
そう思っていた矢先、意外なところで格好の資料に出くわした。
美川徳之助という人物が残した二冊のエッセイ集『愉しわがパリーモンマルトル夜話』(光文社 昭和32年)、『パリの穴、東京の穴』(第二書房 昭和38年)である。1920年代前半にパリに5年間滞在し、モンマルトルを中心にかんらくに入りびたって放蕩を重ねていたらしく、メゾン・クローズに関して、赤裸々かつ具体的証言を残している。
[鹿島茂、『パリ、娼婦の館』より]

美川徳之助さんの『愉しわがパリ ー モンマルトル夜話』は持っている本でした。

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学芸大学の流浪堂さんで手にいれて読んでいなかった本なのですが、パリでのメゾン・クローズでの体験を赤裸々に語っている本とのことです。

鹿島さんは、日本で欧米の歓楽街のことを書いた本が昭和5年あたりに出版が集中しそして発禁本になっていることについて言及しており、4冊を紹介しています。

四冊のうち、もっとも体系的かつディープなのは、われわれの世代にとって悪魔学の権威として知られている酒井潔の『巴里上海歓楽郷案内』である。
[鹿島茂、『パリ、娼婦の館』より]

この『巴里上海歓楽郷案内』も持っている本です。

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こちらも学芸大学の流浪堂さんで表紙に惹かれて手にいれました。


新しい本を読んでいるときに、持っている本や読んだことのある本とつながることがとても楽しいです。
最近はそんなつながりがとても多くて、あらためて昔読んだ本を再び読む二重三重の楽しみを味わえます。
さらに引用されている本も読んでみたくなります。今回も、バルザックさんやエミール・ゾラさん、コレットさんの本など、たくさんの本を読んでみたくなりました。


by momokororos | 2017-01-05 22:46 | | Comments(0)


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