『評伝ジャン・コクトー』〜シャネルさんとコクトーさん

マドモアゼル・シャネルさんのことを書いてある本を読んでいると、ジャン・コクトーさんのことがでてきます。1920年代から30年代にかけての交遊関係が面白いです。

図書館で見つけて手にいれた『評伝 ジャン・コクトー』。著者は、ジャン=ジャック・キム、エリザベス・スピリッジ、アンリ・C・ベアール。

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この中に、シャネルさんとコクトーさんの関係を伺えるくだりが出てきます。

ある晩シャネルと食事していたコクトーは、こう言った。
「ラディゲのことが心配だ。できたら君のかかりつけの医者を差し向けてやって欲しいのだけれど。」
シャネルは例によってコクトーはことを大袈裟に話していると思った。だがコクトーは執拗だった。とても心配なのだと言うのだった。シャネルも根負した。彼女はダリミエ医師に連絡し、この医師はまず助手をフォワィヨ・ホテルに差し向けた。
[『評伝 ジャン・コクトー』より]


松岡正剛さんの「千夜千冊」。

 浪漫の毛皮を気取って着ていたコクトー、サティ、ピカソを、まるで少年を扱うようにあっというまに手なづけてしまった女がいた。コルセットをはずし、髪をシャム猫のように短く切っていた。彼女こそは、ギャルソンヌ(男のような娘)と呼ばれたココ・シャネルだ。
 ココはラディゲを亡くして阿片に陥っていたコクトーを地獄から救い出した。サンクルーの治療所にぶちこみ、解毒治療を受けさせた。シャネルはのちに「私は服を作った」とも、また「私は男を作った」とも言った。
[松岡正剛の千夜千冊 912夜より、ジャン・コクトー、『白書』]


 コクトーとシャネルの関係についても知っておいたほうがよい。シャネルはいつも「コクトー? ああ、調子のいいエセ天才よ」と言い、小遣いをねだられると人前では突っぱねたくせに、あとでお金を届けたりした。
 それだけでなくレイモン・ラディゲを失ったコクトーが阿片中毒になっていったのを身を呈して救ったのはシャネルだった。このことはのちのシャネルに何百倍にもなって戻ってくる。が、計算はなかった。シャネルは「自分の身柄を男に預ける才能」とともに、もともと「気になる男の身の危難を一身に引き受ける愛情と度胸」をもっていたのである。
[松岡正剛の千夜千冊 440夜より、マルセル・ヘードリッヒ、『ココ・シャネルの秘密』]

シャネルさんの男気あるココロに魅力を感じます。

コクトーはジューヴェに答えている。
「生地類や豪華な宝石類などの装飾品に何千フランもぼくのために提供してくれているシャネルに、ぼくが『もう、あなたの助けはいらないんだ。』などと言えるかどうか想像してくれたまえ。この件は穏やかに解決しなければならないだろう。」
[『評伝 ジャン・コクトー』より]

シャネルさんの男気ある態度に比べて、コクトーさんの気持ちは弱気なココロを感じてしまいます。

シャネルさんとコクトーさんとは、仕事上のパートナーでもあり、前に日記に書いた『CHANEL』の本の中に関係が書かれています。

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1932年から1937年の間は、シャネルとコクトーの間に、特に仕事上での親交があった時代であった。シャネルの名声はすでに世界的なものになっており、彼女の生涯でも重要な時期であったが、これに呼応してか、コクトーの作品にも影響があらわれ、デッサンに力を入れ、ジャーナリズムの注目の的になっていた。1932年、コクトーはシャネルの肖像を描き、彼女の作品のクロッキーの注文をたくさん受けていた。
[エドモンド・シャルル・ルー、『CHANEL』より]

コクトーさんが描いたシャネルさん。

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[秦早穂子、『シャネルの20世紀のスタイル』より]

この時代の人間関係は複雑ですが魅力です。まだいろんな本をバラバラと読んでいるだけですが、少しずつ紐解いていってみたいと思います。

ジャン・コクトーさんの『恐るべき子供たち』やコクトーさんの詩が好き、と話していた中目黒のdessinさんのスタッフさんとコクトーさんのことをゆっくり話してみたいです。

「1920年代の魅力〜『1920年代の光と影』」〜 2016年 11月 15日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24928915/

by momokororos | 2016-12-04 22:20 | | Comments(0)

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by ももころろ