ミヒャエル・エンデさんの『モモ』

ミヒャエル・エンデさんの『モモ』。

図書館で見かけて、冒頭だけを読もうと思っていたのですが、はまってしまい半分読んでしまいました。

自分も持っているにもかかわらず、図書館で夢中になってしまうほどの『モモ』。今回読むのが3回目です。1回目よりも2回目が面白く、今回読んでみてさらに魅力を感じました。

家に戻ってから、比較的だしやすいところにあった『モモ』を取りだしてきました。

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箱入りだったと思っていたのですが、箱に入っていませんでした。新刊で買って箱入りだと思ったのは気のせいでしょうか。


モモはこの本の主人公の女の子で、モモの魅力が語られています。

みんなはなにかことがあると、「モモのところに行ってごらん!」と言うのです。
[ミヒャエル・エンデ、『モモ』より]

モモに何ができたのでしょうか?
なかなかできない素敵なことですが、何ができたかは実際に読んでみてください。


モモの友達の道路掃除夫のべッポがモモに語るくだりです。

「とっても長い道路を受けもつことがよくあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思っていまう。」
彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづけます。
「そこでせかせか働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやりかたは、いかんのだ。」
[ミヒャエル・エンデ、『モモ』より]

わたしも未来や理想に向けてやるべきことを考えると、遠い未来への不安や、理想に遠すぎるいまの現状に無力感にとらわれることがあります。先の日記で書いたメイ・サートンさんも同じことを言っています。

自分に十分な要求をしないことと、過大な要求や期待をすることのあいだには適切なバランスがあると思い至る。私は自分の照準を高くしすぎて、気を落ちこませて一日を終わるというくり返しをしているのかもしれない。そのバランスを見つけるの容易ではない。
[メイ・サートン、『独り居の日記』より]

「『独り居の日記』〜メイ・サートンさんの喜びと葛藤」〜2016年 11月 18日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24943454/


遠い未来や理想に向けて「長く続けていくためには」どうしたらいいのかを私自身も時折考えます。やりたいことがあるうち、チカラがあるうちは、無理をして物事をすすめてしまいがちですが、最近考えます。
本棚も目一杯、本を詰めこむとちょっとした変化に対応できずに整頓されたものが一気に崩れてしまうことをこれまで何度も経験しました。やっとそのことに気づき、余裕をもたせた本棚に変えつつあります。
目一杯頑張るのでなく、余裕をもたせた頑張りでいければと思います。

べッポは「つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことことだけを考え」ながら、やりきれないと思っていたことも充実感とともにやりとげられることができると話しています。
「つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ」考えることは、現在のことだけを意識することによって、起こるかどうかわからない未来への不安や、過去の(苦い?甘い?)経験からも解放されていることになるのかなって思いました。
先日読んだリンドバーグ夫人の『海からの贈物』の中でも同じように感じたくだりがあるので、『海からの贈物』の感想の日記の中でまた書いてみたいと思います。


『モモ』を読んで想いはかなり広がりましたが、まだ半分までしか読みおわっていません。後半が楽しみです。

by momokororos | 2016-11-21 23:35 | | Comments(0)

かわいいもの、ちいさなものが大好きです


by ももころろ