『わたしの小さな古本屋』〜倉敷の蟲文庫さん

田中美穂さんの『わたしの小さな古本屋』。

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うまく撮れていませんが、表紙は平岡瞳さんの版画です。知らずに買っていましたが、教えてもらいました。

平岡瞳さんは素敵な版画を作られる方で、前に中目黒のdessinさんで展示を見たことがあります。10/7(金)から23(日)まで、中目黒のdessinさんで「海と街」の展示会がまたあるので楽しみにしていたところでした。

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『わたしの小さな古本屋』の著者の田中美穂さんは、倉敷にある古本屋さん。
一度訪れたことがあります。

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とっても風情ある通り沿いの日本家屋の一軒家です。

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『わたしの小さな古本屋』には、小山清さんの『落穂拾い・雪の宿』の話しが出てきます。小山清さんは姫路のおひさまゆうびん舎さんからおすすめしてもらった本で、私はちくま文庫の版で読んでいます。

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この小説は、売れない作家である「僕」と緑陰書房という小さな古本屋を営む少女との淡い交流が描かれた、端正で味わいの深い作品なのですが、(後略)
[田中美穂、『わたしの小さな古本屋』より]

また再読してみたくなりました。


リチャード・ブローディガンさんの『アメリカの鱒釣り』のことも載っています。

ブローディガンの、なんだかわかったような、よくわからないような、詩的で浮遊感のある世界が、そのまま、わかったような、わからないような詩的な浮遊感でもって書かれてあって、「なるほど、そうか」と、それまでつかみかねていたブローディガンの世界は、「何もつかむ必要などはない」ということに、ぼんやり気がついたのでした。
[田中美穂、『わたしの小さな古本屋』より]

かなり前に『アメリカの鱒釣り』を読んでみましたが、わからないと思った1人です。「何もつかむ必要などはない」とはどうゆうことなのか気になります。

この前に手にいれた、小林健二さんの『ぼくらの鉱石ラジオ』を蟲文庫さんのお店で扱ったことがある話しも載っていて、かなり楽しく読みました。

こんな文章も載っていました。

蟲文庫は、お客さんから買い取った古本が大半を占めているため、いわゆるセレクトショップ的な品揃えではなく、むしろ雑多と言えるほど。ただ、喫茶店などでもそうですが、お店に集まるお客さんというのは、みんなどこか似たところがあって、そんな人たちが醸し出す空気のようなもので店の雰囲気が出来上がっていくようなところがあります。
それは古本屋も同じで、いつのまにか、趣味の似た人が本を売りに来てくれたり、買いに来てくれたりするようになるのです。
ときどき、何気なく入って来られたようなかたからも「なんだかうちの本棚を見ているみたいですよ」と言われることがありますが、たぶんそういうことなのだと思います。
店というのは、時間とともに、店主の気配が丸く広がり、良い意味で薄まって、いろんな人のそれとなじんでくるのではないでしょうか。
[田中美穂、『わたしの小さな古本屋』より]

1つ前の日記の「美味しい料理のこと〜『みをつくし料理帖』」の日記の中で、主人(招く側)とお客(招かれる側)が対等になって、共にその「空間」と「時間」を楽しむことを意味する「主客一体」のことを書いたのですが、「集まるお客さんが醸し出す空気のようなもので店の雰囲気が出来上がっていく」と同じようなことが書かれているのでうれしくなりました。

また倉敷の蟲文庫さんに行ってみたくなりました。

by momokororos | 2016-10-05 23:56 | | Comments(0)

かわいいもの、ちいさなものが大好きです


by ももころろ