熊井明子さんの素敵な本~『私の部屋のポプリ』 hondana

熊井明子さんの『私の部屋のポプリ』。

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この前、中目黒のCOWBOOKSさんで見つけて手にいれたのですが、しばらく前に大阪水無瀬の長谷川書店さんでこの本の文庫本を見かけて、とっても素敵だなと思い手にいれています。

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そのとき長谷川書店さんとお話しして、単行本もあることを教えてもらっていました。

なにげない風景や季節からつづられる熊井さんの思いや想いは、透明感をもって私の想いにつながります。素直で、美しく、格調高い文章に、どこを読んでも熊井さんの想いにひきこまれます。どこかしら開いたページを読むと素敵な文章に出逢えます。

そんな素敵な文章の1つ、グールモンさんの詩の「ブロンドの林」を翻訳した堀口大学さんの話しです。
以下引用します。

花にちなんだ詩をあつめてアンソロジーを編んだとき、堀口大学さんに、グールモンの<ブロンドの林>の転載の許可をお願いしました。すると、「1974年発行のグールモン詩集の訳を用いて下さい」とのこと。ところが私は1955年発行の文庫本<月下の一群>の中のグールモンの詩に親しんでいたのでした。

 われは戀の女の 戀に満ちたる肉体なり

という一句がリフレインしますが、新訳は、口語調に変わっています。

[熊井明子、『私の部屋のポプリ』より]

この堀口大學さんのグールモン詩集のことは、
好きな野崎歓さんの『五感を味わうフランス文学』の中にもでてくるので、うれしくなりました。

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『五感を味わうフランス文学』の中に「翻訳の快楽-堀口大學訳『グールモン詩集』」という章があって、堀口大學さんのグールモン詩集の中の「ブロンドの林」の翻訳のことが載っています。
以下引用します。

「ブロンドの林」という一篇などはその好個の例である。『月下の一群』の時点では、「われは恋の女の、恋に満ちたる肉体なり」と、おごそかな調子だった、しかし歳月を経ての驚くべき丹念な推敲、練り上げによって、訳詩はしどけなさが加わっていく。五十年後、その肉体はとうとうこんな風に読者を誘惑するにいたる。

 下草は 明るい涙にぬれる睫毛、
 白い昼顔は 瞳みたいに咲いています。
 ごらん下さい るりぢしゃの優しい眼、
 星に 希望に 微笑に似て花ざかりです、
 わたしは恋の女の 恋でいっぱいな肉体ですの。

このしだれかかるような調子ゆえに、そこに立ち現れる肉体はフランス語原文よりもはるかに情に深い感じがする。だがそれは決してオリジナルに対する裏切りではない。大學の翻訳エッセイを見ると、よく口をついて出るのは「参加」の一語だ。「好きな詩が見つかると、これに参加し、これをわがものにしたい一念」に動かされるのだという。

[野崎歓、『五感を味わうフランス文学』より]


好きな2つの本に引用されている堀口大學さんは私も好きな詩人、翻訳家なので、うれしいです。また大學さんの詩を読んでみたくなりました。
by momokororos | 2016-03-15 23:49 | | Comments(0)

かわいいもの、ちいさなものが大好きです


by ももころろ