ブリジット・バルドーさんの『殿方ご免遊ばせ』の映画を久しぶりに見た話しを、フランス好きのお友達と話しをしていました。お友達は、ウェブのブックマークに「お洒落」や「おちゃめ」のカテゴリをもつ人。なにが登録されているのか憧れます。
ブリジット・バルドーさんもいいけど、カトリーヌ・ドヌーヴさんもいいなって話しをしていたら、カトリーヌ・ドヌーヴさんの映画を紹介してもらいました。

『ロシュフォールの恋人たち 』。

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カトリーヌ・ドヌーヴさんとフランソワ-ズ・ドルレアックさんの姉妹が出演しています。

衣装の色の妙に、軽やかな音楽や哀愁の漂う音楽に流れるなか、恋や夢が語られます。

昔の恋に、今の恋、憧れの恋。甘い恋に辛辣な言葉、現実と憧れの葛藤、むかしの想いにまだ見ぬ想い、フランス語の短い言葉とリズムにココロが動かされます。
明るい楽しいミュージカルって聞いていましたが、華やかさの中にかなわぬ想いの余韻が残る映画でした。
『シェルブールの雨傘』もそうでしたが、『ロシュフォールの恋人たち』のかなわぬ想いにもココロを動かされます。

「かわいいフランス映画~カトリーヌ・ドヌーヴさんとブリジット・バルドーさん」〜2016年 3月 24日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24245066/

# by momokororos | 2016-12-08 23:59 | 映画 | Trackback | Comments(0)
マルク・シャガールさん。
素敵な色遣いと斬新な構図で見るたびに惹かれます。

しばらく前に、中目黒のdessinさんで、シャガールの大きな図集をスタッフさんと素敵だねって見ていました。その図集を手にいれたと思っていたのですが、いくらお部屋を探しても出てきません。お店で見るだけみて結局手にいれなかったみたいです。
聞いてみると、またお店にはいってきているとのことで手にいれました。

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青森県立美術館に飾られているマルク・シャガールさんの《アレコ》が、家庭画報の11月号に載っています。1942年に制作された、縦9メートル、横15メートルの大きな絵で、初めて青森県立美術館を訪れたときにみてびっくりしました。
また見にいきたくなりますが、今の季節は青森は寒いだろうなあ、凍てつくだろうなって思うと二の足を踏んでしまいます。

家庭画報には、十和田市現代美術館、秋田県立美術館も載っています。
十和田市現代美術館は奈良美智さん、秋田県立美術館は藤田正嗣さんの作品があります。

シャガールさんの図録は、東京藝術大学で開催されたシャガールの展示会の図録を持っていて2冊になりました。

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1923年にロシアからフランスにでてきたシャガールさん。ロシアアバンギャルド時代のシャガールさんなど、もう少しシャガールさんのことを勉強してみようかなと思っています。

# by momokororos | 2016-12-07 21:52 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
フランス大好きなお友達に、昨日見たブリジット・バルドーさんの『殿方ご免遊ばせ』の話しをしていたのですが、グラマラスなブリジット・バルドーさんも魅力だけど、カトリーヌ・ドヌーヴさんが好きってを話しをしていたら、『ロシュフォールの恋人たち 』が素敵って話しを聞いたので、見てみようと思いました。見るのが楽しみです。

すぐには手に入らないので、今宵は、オードリー・ヘップバーンさんの『ティファニーで朝食を』を見ようと思います。

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「お部屋の机」〜2016年12月5日の日記
http://momokoros.exblog.jp/25011785/

# by momokororos | 2016-12-07 00:22 | 映画 | Trackback | Comments(0)
お庭の万両の実が赤く色づいています。

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庭に幾本かある万両の実が赤く色づくまで気がつきませんでした。季節の変化をみる余裕がないのかもと我が身をふりかえります。

# by momokororos | 2016-12-06 22:11 | お花 | Trackback | Comments(0)
お部屋の机です。

シンプルにしました。
本と雑貨と、これくらいのバランスがいいかなって思います。

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背景の絵は、ブリジット・バルドーさんの『une Parisienne』の映画のイラスト。映画の放題は『殿方ご免遊ばせ』です。

青山の雑貨のdoux dimancheさんの展示で手にいれた絵です。

展示会場で見かけた『PARIS MATCH』の雑誌。

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いまだにこのブリジット・バルドーさんの表紙の『PARIS MATCH』には出会えていません。

久しぶりにブリジット・バルドーさんの映画を見てみようかしら。

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# by momokororos | 2016-12-05 20:04 | | Trackback | Comments(0)
マドモアゼル・シャネルさんのことを書いてある本を読んでいると、ジャン・コクトーさんのことがでてきます。1920年代から30年代にかけての交遊関係が面白いです。

図書館で見つけて手にいれた『評伝 ジャン・コクトー』。著者は、ジャン=ジャック・キム、エリザベス・スピリッジ、アンリ・C・ベアール。

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この中に、シャネルさんとコクトーさんの関係を伺えるくだりが出てきます。

ある晩シャネルと食事していたコクトーは、こう言った。
「ラディゲのことが心配だ。できたら君のかかりつけの医者を差し向けてやって欲しいのだけれど。」
シャネルは例によってコクトーはことを大袈裟に話していると思った。だがコクトーは執拗だった。とても心配なのだと言うのだった。シャネルも根負した。彼女はダリミエ医師に連絡し、この医師はまず助手をフォワィヨ・ホテルに差し向けた。
[『評伝 ジャン・コクトー』より]


松岡正剛さんの「千夜千冊」。

 浪漫の毛皮を気取って着ていたコクトー、サティ、ピカソを、まるで少年を扱うようにあっというまに手なづけてしまった女がいた。コルセットをはずし、髪をシャム猫のように短く切っていた。彼女こそは、ギャルソンヌ(男のような娘)と呼ばれたココ・シャネルだ。
 ココはラディゲを亡くして阿片に陥っていたコクトーを地獄から救い出した。サンクルーの治療所にぶちこみ、解毒治療を受けさせた。シャネルはのちに「私は服を作った」とも、また「私は男を作った」とも言った。
[松岡正剛の千夜千冊 912夜より、ジャン・コクトー、『白書』]


 コクトーとシャネルの関係についても知っておいたほうがよい。シャネルはいつも「コクトー? ああ、調子のいいエセ天才よ」と言い、小遣いをねだられると人前では突っぱねたくせに、あとでお金を届けたりした。
 それだけでなくレイモン・ラディゲを失ったコクトーが阿片中毒になっていったのを身を呈して救ったのはシャネルだった。このことはのちのシャネルに何百倍にもなって戻ってくる。が、計算はなかった。シャネルは「自分の身柄を男に預ける才能」とともに、もともと「気になる男の身の危難を一身に引き受ける愛情と度胸」をもっていたのである。
[松岡正剛の千夜千冊 440夜より、マルセル・ヘードリッヒ、『ココ・シャネルの秘密』]

シャネルさんの男気あるココロに魅力を感じます。

コクトーはジューヴェに答えている。
「生地類や豪華な宝石類などの装飾品に何千フランもぼくのために提供してくれているシャネルに、ぼくが『もう、あなたの助けはいらないんだ。』などと言えるかどうか想像してくれたまえ。この件は穏やかに解決しなければならないだろう。」
[『評伝 ジャン・コクトー』より]

シャネルさんの男気ある態度に比べて、コクトーさんの気持ちは弱気なココロを感じてしまいます。

シャネルさんとコクトーさんとは、仕事上のパートナーでもあり、前に日記に書いた『CHANEL』の本の中に関係が書かれています。

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1932年から1937年の間は、シャネルとコクトーの間に、特に仕事上での親交があった時代であった。シャネルの名声はすでに世界的なものになっており、彼女の生涯でも重要な時期であったが、これに呼応してか、コクトーの作品にも影響があらわれ、デッサンに力を入れ、ジャーナリズムの注目の的になっていた。1932年、コクトーはシャネルの肖像を描き、彼女の作品のクロッキーの注文をたくさん受けていた。
[エドモンド・シャルル・ルー、『CHANEL』より]

コクトーさんが描いたシャネルさん。

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[秦早穂子、『シャネルの20世紀のスタイル』より]

この時代の人間関係は複雑ですが魅力です。まだいろんな本をバラバラと読んでいるだけですが、少しずつ紐解いていってみたいと思います。

ジャン・コクトーさんの『恐るべき子供たち』やコクトーさんの詩が好き、と話していた中目黒のdessinさんのスタッフさんとコクトーさんのことをゆっくり話してみたいです。

「1920年代の魅力〜『1920年代の光と影』」〜 2016年 11月 15日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24928915/

# by momokororos | 2016-12-04 22:20 | | Trackback | Comments(0)
今宵遅くなってから、ふと車に乗りたくなって久しぶりに夜の街を流しました。

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かつては車が大好きで2台持っていて、都内にいくのも近くにいくのもすべて車でした。乗っているだけでも好きでした。
海に山にいなかに都心にいつも車ででかけていました。山道に鹿がいたり兎がいたり驚きの光景に出会いました。会社帰りに丹沢の峠まで車で行き、たまにくるお友達と満天の星や眼下に広がる厚木の夜景を見たり。房総の海の浜辺では砂にはまること何度もあり助けてもらった人たちたくさんです。

ここ何年かは車に乗らず、バッテリーがあがったり車検が切れたり免許も失効したり、車への興味が薄れていました。そのあいだはすべて電車の旅になりましたが、それもとっても素敵でした。

久しぶりに乗る車。
エンジンの音の力強さに、街の流れる美しい光に酔いました。

よく言われることですが、手をかけていないてモノは痛みますね。車も同じで乗っていないと手をかけてあげなくてはならないところたくさんです。

ほんのちょっとのきっかけでまた車を乗る生活に戻るように気がします。
また車に乗り、車のことを日記に載せるようになった心境の変化。自分では思いあたりますが、また機会があれば話せればと思います。

また大晦日の横浜の港に行って、新年の汽笛を聞きたいものです。

# by momokororos | 2016-12-04 01:03 | | Trackback | Comments(0)
最近は、パリの写真を撮ったブラッサイさんに関連する人たちに興味を惹かれています。
今橋映子さんの『ブラッサイ パリの越境者』という本を図書館で見つけました。

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ブラッサイさんは、1924年にパリに移住、1929年末から写真をはじめ、1932年に『夜のパリ』を刊行しました。
ブラッサイさんの友好関係は、アンリ・ミショーさん、パブロ・ピカソさん、ジャック・プレヴェールさん、ビル・ブラントさん、ヘンリー・ミラーさんなど多岐にわたります。

興味を惹かれたのは、ヘンリー・ミラーさん。ヘンリー・ミラーさんは1930年にパリに渡り、パリの街路を回遊していて、その4年後に『北回帰線』が刊行されたそうです。
『北回帰線』は読んだことがないのですが、こんな風に書かれています。

しかしこのなかばポルノグラフィックな英語小説は、パリで少部数しか刊行されず、アメリカでの刊行は、実に1960年代まで待たねばならなかった。ミラー同然の、金も職もない流れ者の「俺」の混沌たるパリ生活を、ほとんどストーリー無きままに描き出すこの小説では、現実(と思われる)描写が突如として夢や幻想、狂気へと急旋回し、エロティックな叙述が一挙に哲学的な瞑想に飛躍する。「俺」は芸術家であること自体が糞食らえだとニヒリズムを決め込み、「パリは売笑婦に似ている。遠くから見ると、男の魂をとろかすようであり、彼女を両腕に抱きしめるまで待ちきれぬほどだ。しかも、五分後には虚無感を味わい、自己嫌悪をおぼえる。だまされた思いだ。」と、擬人化した都市に悪態をつく。
しかし作家ヘンリー・ミラー自身は、パリの場末に至るまで観察し尽し、精緻で野心的な仕掛けでこの小説世界を構築したことが、実はブラッサイとの関係の中でこそ明らかに見えてくるのである。
[今橋映子、『ブラッサイ パリの越境者』より]

早速手にいれた『北回帰線』。

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裏表紙の解説には、「その激越な性描写ゆえに長く発禁を免れなかった」と書かれており、「放浪のパリ時代の体験を奔放に綴った記念すべき処女作」とありました。

中目黒のCOWBOOKSさんに寄ったら、ヘンリー・ミラーさんのことを書いたブラッサイさんの本や、ブラッサイさんと交友関係があった人たちの話しが載った本、ブラッサイさんの写真集を出してきてくれました。『ブラッサイ パリの越境者』や『北回帰線』を読んで面白かったら読んでみようかなって思いました。
そのあと寄った学芸大学の流浪堂さん。店長さんは『北回帰線』を読んだことがあるものの挫折したとの話しを聞きました。わたしは読めるかな。

また『ブラッサイ パリの越境者』には、プルーストさんのこともでてきます。

没後出版されたブラッサイのプルースト論を読めば、ブラッサイの興味はひたすら、プルーストの写真への情熱、写真的思想にこそあったことは明らかだ。むしろプルーストとの関係で言えば、上流社交界に君臨しながら、倒錯的同性愛として社会の下層に降りていくシャルリュス男爵のような人物の軌跡、それを追っていく作家の視線こそ、のちの写真家ブラッサイが、社会の越境者として共有していくものであった。
[今橋映子、『ブラッサイ パリの越境者』より]

やっぱりプルーストさんの『失われた時を求めて』も読みたいなって思います。
# by momokororos | 2016-12-03 22:57 | | Trackback | Comments(0)
久しぶりに廣津里香さんの画集を学芸大学の流浪堂さんで手にいれました。

廣津里香さんの本は、ほとんど学芸大学の流浪堂さんで手にいれているのですが、持っていなかった『不在証明』の画帖がはいったことを教えてもらいました。

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廣津里香さんの本は、流浪堂さんで初めてみていたのですが、金沢の石川県立文学館に廣津里香さんの展示コーナーがあるのを見て大好きになりました。

感受性が強い彼女に映る世の中と彼女の思い。鋭くきりこんだ言葉や絵が魅力です。若くしてなくなった画家、詩人です。

少しずつですが、廣津里香さんの本が増えてきています。

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この絵にそえられている詩が、一番好きな廣津里香さんの詩です。

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切り取って
花瓶にさしても
バラはいきる

わたしはいやだ
花瓶のなかで
花開くのは


この絵は、金沢の石川近代文学館の廣津里香さんの常設コーナーに原画が飾られています。しばらくらぶりに行きたいなって思います。

廣津里香さんのほしい本がもう1冊あるのですが、かなり高いのでお金をためてから手にいれたいと思います。


「『白壁の花』〜廣津里香さんの日記 」2016年 8月 23日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24613336/

「廣津里香さんの絵~ 『黒いミサ』 」〜2016年 3月 22日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24239722/

「廣津里香さんの絵と詩~石川近代文学館 」〜2016年 3月 7日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24198123/




# by momokororos | 2016-12-02 22:47 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
憧れのパリ。

ブラッサイさんのパリの夜の写真。同じ写真なのですが、好きで出版社の違う写真集を2冊を持っています。

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ブラッサイさんの2つ目の写真集の「1930年代の秘密のパリ」。

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中目黒のdessinさんでブラッサイさんのことを教えてもらい好きになりました。

夜への漠然とした憧れと、何か起こりそうな期待感と不安感をすべて夜は飲みこみます。

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喧騒の中に静寂さが漂い、華やかさの影に独りを感じる瞬間。そんな都会のひとこまも魅惑に感じます。

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仲間と笑い楽しみ、ひとり寂しく歩くときもある。そんな夜を懐かしく思えるかのようなブラッサイさんの写真集。

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わたし自身が、夜の都会が大好きなせいもあるのでしょうが、ブラッサイさんの写真を見ながら、夜の都会にますます憧れを抱いてしまう自分を感じます。


「1920年代の魅力〜『1920年代の光と影』 」〜.2016年 11月 15日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24928915


# by momokororos | 2016-12-01 22:25 | | Trackback | Comments(0)
エリオット・アーウィットさんの『Personal Exposures』。

この写真集のことを、先日中目黒のdessinさんで話したら、お店にあるとのことですぐに出してきてもらいました。お取りおきしていただいていたものを受けとりました。

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アーウィットさんの写真はユーモラスで楽しいです。

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かなり大判だったので、今日手にいれた別の本はお店に預かってもらって、アーウィットさんの写真集だけ持ちかえりました。

シャガールさんや、ブラッサイさんやアナイス・ニンさん、平岡瞳さんの本のことを、dessinさんのスタッフさんと話してとっても楽しかったです。


「エリオット・アーウィットさんの写真集 」〜2016年 11月 17日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24939299/

# by momokororos | 2016-11-30 22:39 | 写真 | Trackback | Comments(0)
リンドバーグ夫人の『海からの贈物』。

美しい海辺の貝殻と海辺の風景の素晴らしさを語りながら、自分の想いを反芻しながらやさしく語るリンドバーグ夫人。

女性が生活をこなしながら自分の時間や創造性をもつ必要があることを、リンドバーグ夫人自身の想いがしっかりと語られており、1955年の著作ながら、いまでも十分に考えさせられる素敵な本だなと感じました。

今の文庫本の表紙です。

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この本はあらたに手にいれた文庫本。

私が昔読んだときの文庫本はこちら。

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昭和55年19版です。

図書館ハードカバーの昭和31年2版を見つけましたが、旧漢字で紙面の余白もあってよいです。

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いずれも訳は、吉田健一さんです。
落合恵子さんの訳の本も出ていました。

前のブログに書いたことの再掲になりますが、中目黒のCOWBOOKSさんで、メイ・サートンさんの『独り居の日記』のことを話していたら、2人のスタッフさんからリンドバーグ夫人の『海からの贈物』はいいよってすすめられました。1人のスタッフさんはどこかに行くときに『海からの贈物』を携えて行くと話していました。

わたしのブログは、リンドバーグ夫人の書いてあることの引用が多くなりますが、リンドバーグ夫人の海辺の風景とあいまった抒情的な文章で読まれると素敵かなって思います。


子供を生んで育て、食べさせて教育し、一軒の家を持つということが意味する無数のことに頭を使い、いろいろな人間と付き合って旨く舵を取るという、大概の女ならばすることが芸術家、思索家、或いは聖者の生活には適していない。そこで問題は、女と職業、女と家庭、女と独立というようなことだけではなくて、もっと根本的に、生活が何かと気を散らさずにはおかない中でどうすれば自分自身であることを失なわずにいられるか、車の輪にどれだけと圧力が掛って軸が割れそうになっても、どうすればそれに負けずにいられるか、ということなのである。
[リンドバーグ夫人、『海からの贈物』より]

女性が子どもを産み、家事を含め生活をこなすことが、自分のことを考える時間を意識的に作ることはかなり大変だということはなんとなくは感じていたものの、知り合いの女性の子育てを目の当たりにしてみると、並み大抵のことでなく自分の時間がほとんどないことがやっとわかりました。


リンドバーグ夫人は、1人の時間の過ごす大切さと内面の豊かさについても書いています。

我々は今日、一人になることを恐れるあま余りに、決して一人になることがなくなっている。家族や、友達や、映画の助けが借りられない時でも、ラジオやテレビがあって、寂しいというのが悩みの種だった女も、今日ではもう一人にされる心配はない。家で仕事をしている時でも、流行歌手が脇にいて歌ってくれる。昔の女のように一人で空想に耽るほうが、まだしもこれよりは独創的なものを持っていた。それは少なくとも、自分でやらなければならないことで、そしてそれは自分の内的な生活を豊かにした。しかし今日では、私たちは私たちの孤独の世界に自分の夢を咲かせる代りに、そこを絶え間ない音楽やお喋りで埋めて、そして我々はそれを聞いてさえもいない。
[リンドバーグ夫人、『海からの贈物』より]

これは女性でも男性でも同じことかもしれません。自分のココロの声に耳を傾けるというより、外の刺激を求めて満たされたような気になっている傾向が強いことを感じます。


リンドバーグ夫人は、島で一人で暮らしながら、ゆるやかな時間の中で考えてきて得たものがたくさんでしたが、いずれは島から離れます。

私が手に入れた宝をなくすのをこれほど恐れているのだろうか。それは単に私に芸術家の素質があるからだけではない。芸術家は勿論、自分を小出しに人に与えることを好まない。自分がいっぱいになるまで待つことが芸術家には必要だからである。しかしそれだけではなくて、私が思い掛けなくこういう気を起すのは、私が女だからでもある。
これは矛盾していると言わなければならない。女は本能的に自分というものを与えることを望んでいて、同時に、自分を小刻みに人に与えることを喜ばない。(中略) 私の考えでは、女は自分を小出しに与えるということより、無意味に与えるのを嫌うねどある。私たちが恐れるのは、私たちの気力が幾つかの隙間から洩れて行くということでなくて、それがただ洩れてなくなるのではないかということなのである。私たちが自分というものを与えた結果は、男がその仕事の世界で同じことをした場合のようにはっきりした形を取らない。一家の主婦がやる仕事は、雇い主に給料を上げてもらうこともなければ、人に褒められて私たちが及第したことが解るということも殆どない。子供というものを除けば、殊に今日では、女の仕事は多くの場合、眼に見えないのである。私たちは家事と、家庭生活と、社交に属する無数の内容を異にした事柄を一つの全体に組合せるのを仕事にしている。それは眼に見えない糸を使って綾取りをやっているようなもので、この家事や、お使いや、お付き合いの断片が混ぜこぜになっているのを指して、どうしてそれを一つの創造と呼ぶことができるだろうか。
[リンドバーグ夫人、『海からの贈物』より]

かつて絵を描き、お花をたしなんでいて、最近は毎日毎日2人の子育てに奮闘している女性のことを思います。「できたこと」を頑張りましたって自ら意識して、ほんとに頑張ったねっと認めて褒めてあげたいと思っています。そして少しの余裕の時間を作ってあげることができたらなあって思っています。

女はそれとは反対に、一人で静かに時間を過すとか、ゆっくりものを考えるとか、お祈りとか、音楽とか、その他、読書でも、勉強でも、仕事でも、自分の内部に向わせて、今日の世界に働いている各種の遠心力な力に抵抗するものを求めなければならない。それは体を使ってすることでも、知的なことでも、芸術的なことでも、自分に創造的な生き方をさせるものなら何でも構わないのである。それは大規模な仕事や計画でなくてもいいが、自分でやるものでなくてはならなくて、朝、花瓶一つに花を活けるのは、詩を一つ書いたり、一度だけでもお祈りするのと同様に、忙しい一日の間、或る静かな気持を失わずにいる結果になることもある。要するに、少しでも自分の内部に注意を向ける時間があることが大切でなのである。
[リンドバーグ夫人、『海からの贈物』より]

わたし自身への言葉としても受けとめたいリンドバーグ夫人の言葉。
またじっくり読みたいと思います。


『海からの贈物』〜リンドバーグ夫人 」〜2016年 11月 19日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24946743

# by momokororos | 2016-11-29 23:03 | | Trackback | Comments(0)
リチャード・ブローディガンさんの本は、かつて青山にお店があったCOWBOOKSさんで手にいれた『アメリカの鱒釣り』が初めて読んだ本でした。
『アメリカの鱒釣り』は理解できず、続けて手にいれたブローディガンさんの『愛のゆくえ』は図書館を舞台にした物語ということもあって好きになりました。

その後、中目黒のdessinさんのスタッフさんから紹介してもらったブローディガンさんの『西瓜糖の日々』が素敵でした。
そのときは文庫で読んでいたのですが、単行本を見つけたので紹介してくれた人にあげたのですが、先日また単行本をみつけたので私も改めてじっくり読んでみました。

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「アイデス」という穏やかなときが流れる世界に住んでいる人たちと「忘れられた世界」に住む人たち。

「アイデス」では、人と人のふれあいやささやかな食事の話しや過去の思い出がゆるやかに語られています。
「忘れられた世界」は、過去どんな世界だったとは語られていませんが、忘れられた美しいものとか変わったものが見つかる可能性ある世界として語られています。

お互いの世界をいい環境とは感じていないのですが、「忘れられた世界」の人々が「アイデス」に事件を起こしますが、「アイデス」の空気感、時間の流れは変わりません。

その変わらない世界感が安心感を与えて、作品全体の雰囲気になっているのかもしれません。

とにかくよい雰囲気の小説で、『西瓜糖の日々』が好きな人と、感想をゆっくり話し、余韻を楽しみたいなって思ってしまう作品です。

# by momokororos | 2016-11-28 23:10 | | Trackback | Comments(0)
兵庫尼崎の雑貨の Dent-de-lionさん。

大好きな雑貨屋さんで、大阪堀江にあった頃から通っていて、尼崎に移ってから遠くなりましたが、関西を訪れた折にはいつも寄りたいと思うお店です。

mush marron(マシュマロン)さんの「まあるい冬」の展示のときの様子です。

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素敵なバックと帽子が展示されていました。

mush marronさんは大好きな作家さんで、いつも可愛いバックに惚れてしまいます。

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一目惚れしたmush marronさんの可愛いバックは、店長さんにお願いしてお庭で撮ってもらいました。いつも気持ちの支えになってもらっている人への感謝の気持ちにしました。

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Dent-de-lionさんにくると、他のところには行かずに今日はここだけでいいかなっていつも思います。そして長居して一日がDent-de-lionさんだけで終わることも多いです。

陽が西に傾いてお庭に差し込む光が美しくて窓辺にたたずみます。

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こんな窓辺でゆっくりと本を読みたいです。この前訪れたときは、メイ・サートンさんの『独り居の日記』を持っていたので、この窓辺でひろげでいました。

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今回、お庭によく来る猫のリオンちゃんとポポちゃんには会えませんでしたが、2匹の可愛いおうちもできていて、夜は寄り添って眠るそうです。

お店にはかなり訪れているのですべてをリンクできないのですが、Dent-de-lionさんの魅力が伝えることができればうれしいです。

「一軒家の雑貨屋さんとお庭の猫ちゃん~兵庫尼崎」〜2016年 4月 18日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24313285/

「一軒家の雑貨屋さん~兵庫尼崎」〜2015年 12月 29日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24002919/

「一軒家の素敵な雑貨屋さん~dent-de-lionさん」〜2015年 8月 18日のに
http://momokoros.exblog.jp/23577279/

「大阪堀江の素敵な雑貨屋さん」〜2014年 12月 30日の日記
http://momokoros.exblog.jp/22688069/

「素敵な籐カゴ~大阪dent-de-lionさん」〜2009年 1月 6日の日記
http://momokoros.exblog.jp/9358391/

# by momokororos | 2016-11-27 22:29 | 雑貨 | Trackback | Comments(0)
西荻窪の gallery cadoccoさんで、「for girl’s 〜オトナとコドモのお洋服とコサージュの三人展〜」が開催されています。

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展示作家さんの1人のaHnaさんは、京都の雑貨のhugさんの店長さんの作家名。お店は今はお休みされていますが、お洋服の制作をされています。

お洋服やバック、コサージュなどが展示販売されています。
オーダも可能とのことで、東京でも心待ちにしているお客さんも多いです。

展示は、今日11/27日曜の18時までです。

# by momokororos | 2016-11-27 13:44 | 雑貨 | Trackback | Comments(0)
鎌倉の御成展示通りにある葉っぱ小屋さん。

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小鳥や動物のモービルが可愛くてときどき訪れます。最近は、お店の話しや絵本やお片づけの話しをしていて長居です。
少し前にできた素敵な看板は、よく目立つし可愛いいのですが、置いておくのがむずかしくなったそうです。今度行くときはなくなっているかもしれません。

今回は葉っぱ小屋さんだけ寄って鎌倉をあとにしました。

鎌倉から学芸大学の流浪堂さんへ。

流浪堂さんでいろいろ話しをしていたら、23時半になっていてびっくりです。
いい本を手にいれました。
また今度紹介したいと思います。

流浪堂さんは、昔の妙本寺境内にあった葉っぱ堂さんを訪れたことがあるそうで、流浪堂さんが葉っぱ堂さんに忘れものをしたものをわざわざ葉っぱ堂さんが届けてくれたエピソードがあるってことを教えてもらいました。
# by momokororos | 2016-11-26 23:41 | 雑貨 | Trackback | Comments(0)
ふじやしおりさんの展示会の「浮かべるはなし」が、高円寺の Gallery Cafe 3さんで開催されています。

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夢でみたことを作品にしていて、白を基調にした作品と、照明に照らされて壁にゆらめく作品の影が夢のようです。
白いいでたちのふじやしおりさんは作品の中を舞う妖精さんのようで夢の世界のようです。
わたしも夢が好きなので一緒に夢の浮遊感を楽しんでいました。

展示は、明日11/27日曜までです。
ふじやしおりさんはギャラリーの開く15時から20時くらいまで在廊されるとのことです。


# by momokororos | 2016-11-26 13:35 | 芸術 | Trackback | Comments(0)

とってもうれしい日

今日は、
懐かしい人に久しぶりに会って、
赤ちゃんも初めて笑ってくれて、
美味しいものもたくさん食べました。
楽しくてとってもうれしい日でした。
人のチカラってすごいです。
大切にしたいです。

# by momokororos | 2016-11-25 22:48 | 気持ち | Trackback | Comments(0)
この前読んでいた『現代思想 総特集 1920年代の光と影』を、この時代が好きで教えてもらった人にあげようと持っていったのですが、残念ながら話す時間がありませんでした。

一度手にいれて読んだあとにあげた内堀弘さんの『ボン書店の幻』。 少し前にまた手にいれているので、今宵はこの本を読もうかなと思います。

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1930年代の小さな出版社の『ボン書店』のことが書かれています。ボン書店の最初の詩集は北園克衛さんの『若いコロニイ』です。

『ボン書店の幻』を最初に読んだときは20年代、30年代を知らず、先程のこの時代が好きな人から教えてもらった北園克衛さんくらいしか知りませんでした。今は少しわかったことも増えているので前より楽しめるかもしれません。
私は古本で手にいれたのですが、新刊でも手にはいるようになりました。

# by momokororos | 2016-11-24 23:25 | | Trackback | Comments(0)
このあいだから、持っているはずのリンドバーグ夫人の本と、ヴァージニア・ウルフさんの本を探していました。
お部屋で、簡単に探せるところから徐々に取りだしにくいところを探していったのですが、奥の奥から出てきました。

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リンドバーグ夫人の『海からの贈物』とヴァージニア・ウルフさんの『燈台へ』。
高校生のときに読んだ本で、やはり一番奥にありました。

『海からの贈物』は、先日図書館で全部読んでしまったのですが、もう一度めくってみようと思います。
『燈台へ』はちらっとみましたが、読めるかどうか微妙かもです。

「『海からの贈物』〜リンドバーグ夫人 」〜2016年 11月 19日の日記
http://momokoros.exblog.jp/24946743

# by momokororos | 2016-11-23 22:19 | | Trackback | Comments(0)

かわいいもの、ちいさなものが大好きです


by ももころろ